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01 「大変だ!サンジの腕が…っ!!」 バタン、と大きな音を立てて扉を開き、ラウンジに入ってきたのはウソップだった。その手に引きずられるように、浮かない顔をしたサンジがのろのろと歩いて来る。 「サンジの腕がどうかしたのか?」 床の上でルフィとじゃれ合っていたチョッパーが、それまでの無邪気な表情を一変させて、真面目な顔で起き上がった。 あまり気が進まないのか、サンジはやはり遅い動作でいつもきっちりと留めている袖のボタンをはずしてシャツを中程まで捲り上げた。 「なに、これ…」 椅子に腰かけてゆったりと紅茶を啜っていたナミが、覗きこんだ先で小さく呟いた。ナミの声にロビンやルフィまでもサンジの腕を見る。 ゾロの座っていた角度からは、視線を少し動かすだけでサンジの右腕を見ることができた。 腕には、まるで痣のように皮膚の下を這う茨の影が絡みついていた。 生きているようだ、とゾロは思った。 じっと見ていると、今にもその蔦がサンジの腕を這い、締め付けてしまいそうだ。 「これは…もしかすると」 「ロビン、知ってるのか!?」 ウソップが思わずと言った風に身を乗り出した。サンジの表情はあまり大きくは変わらなかったが、もともと大きめの目が、僅かに見開かれた。 「ええ。私の記憶が正しければ、これは“ラスト・ローズ”という薔薇の毒よ」 「ラスト・ローズって…最後の薔薇?」 名前を聞いてナミが問うが、ロビンは細い眉を寄せたまましばらく唇を閉ざしてしまった。 ロビンのこんな表情の後には、悪いことが待っている。 誰もがそう思った。 ゾロは静かに瞬いて、腕の中に抱えていた三本の刀を床に置いて口を開いた。 「ただの毒じゃねェんだな」 ずっと薄い反応しか返さなかったゾロに、クルーの視線が集中する。 「……ええ。名前の”ラスト”というのは、“最後”という意味ではなくて、“死”を意味するのよ」 「死…?サンジ、死ぬのか!?」 チョッパーが叫ぶと、ロビンは首を振って、けれど…と言葉を繋げた。固唾を飲む音がどこかで小さく上がる。 「死んでしまう可能性がとても高いわ」 「なんとか解毒できねぇのか?俺、絶対サンジを治してみせるよ!」 目にいっぱいの涙をためて、チョッパーがロビンを見上げた。 サンジの腕に起こっている現象の原因が毒だと言うのなら、解毒することができる。チョッパーは何としてでも解毒剤を作ってみせるだろう。 しかしロビンは胸の前で組んだ腕を強く抱いて、再び首を横に振った。 「この薔薇の毒は剣士さんの言った通り特殊なの。毒と分類していいのかも判明していないものなのよ。だから解毒できるとしても、普通の方法では無理だわ」 「どういうこと?詳しく説明してよ、ロビン」 焦れたようにナミがきつい視線で続きを促す。 とうとう泣きだしたチョッパーは、まるで他人事のように何も喋らず突っ立ったままのサンジに近付き、足元に擦り寄った。 「この薔薇は接触した人を媒介に繁殖することができるのよ。人の身体に種を植えて、宿主から養分を奪い取って成長し、やがて全身に伸び切って、最後に青い花を咲かせるの。花が咲けばその薔薇は全て枯れて、害はなくなるそうなのだけれど…、その頃には宿主は生気を吸いつくされて、弱り切ってほとんどの人が死んでしまう。だから”死の薔薇”なのよ」 「そんな…」 「うーん、不思議花だな」 ルフィのおちゃらけた言葉に無言でナミが拳骨を落とす。涙目で謝るルフィを端へ追いやって、ロビンの話は続く。 どうやらこの薔薇は土に生えた場合には花を咲かせることはなく、人の身体で育った場合のみ花を咲かせ、新たな命を生むことができるらしい。 だから草木が覆い茂る中を歩いていても、普通の人間にはそれがラスト・ローズだとは気付けない。 「そして埋葬された宿主の身体から、新たな種が今度は土へと根を下ろす。そうやって、生息地域を広げているの」 ロビンが再び口を閉ざした頃、クルーは次に何を言葉にすればいいのかも分からず、一様に黙り込んだ。 ゾロも口を一文字に引き結んだまま、静かに視線をサンジへと流すが、相変わらずサンジの唇は固く閉ざされたままだった。 人間の体に種を植え付けることができるというだけでも普通はあり得ない。その上青い薔薇が咲くなんてグランドラインでなければ信じがたいことだと、ゾロは思った。 世界には様々な色の薔薇が存在するが、純粋な青い薔薇は発見されていない。そんなことくらいなら、花に興味のないゾロでも知っている一般常識だ。 ルフィの言葉を借りて言うなら確かにこれは「不思議花」だが、今回ばかりはそんな簡単な言葉で纏められるような事態ではない。 そして何より腑に落ちないのは、サンジの態度だ。 自分の体に起きた異変に対するリアクションが、あまりにも冷静で淡白過ぎる。 「ロビンちゃん」 ゾロの思考を読んだかのように、それまで黙りこくっていたサンジがようやく口を開いた。 へにょんと情けなく眉を下げて、困っているのか笑っているのか、何とも言い難い表情で控え目に声を上げたサンジに、クルー一同が一斉にサンジを見た。 「それってつまりさ、薔薇が咲き切って枯れるまで、俺の体力が持てば死なないってことかな」 茨に絡めとられた自分の右手を見つめながら、サンジはどこかあっけらかんと言った。 問いかけられたロビンをはじめ、その言葉の意味を正しく理解したルフィ以外のメンバーは、それまでの救いようのない絶望のような空気を一瞬で粉砕されたような気分になった。 「確かに、ロビンの話からするとそういう可能性もありそうだけど…」 本当にそんなことが可能なのだろうか。言外にそう含めて、ナミがロビンに視線を送る。 長く伸びる指を顎のラインに添えながら、ロビンはしばし考えを巡らせて、サンジとナミの質問に答えを出した。 「ええ、そうね。確証はないけれど、コックさんの言う通り体力が続けば生き残る可能性は大きいわ。ただ、私は今まで一度も死ななかった症例を聞いたことがない」 「そ、そんな…!」 まるで自分のことのように大きく落胆したウソップに続いて、泣きべそをかいていたチョッパーがごしごしと目元を拭って、一人前の医者の表情でロビンを見上げた。 「でも、記録として残ってないだけで、どこかで誰かが生き残ったかもしれない!俺、サンジの体調管理頑張ってやるよ!そしたらサンジ、死なないんだろ?」 「恐らくは。他に何か助かる方法がないか、文献を調べてみる価値もあると思うわ」 「私も手伝うわ、ロビン」 俄然意気込んだ一味は、既に一丸となってサンジを救う手立てを考察する気満々だ。 そんなクルー達を小さく息を吐いて見守っていたゾロの視界の端で、サンジが足元のチョッパーの頭を撫でながら申し訳なさそうに微笑む姿があった。 「みんな、心配掛けてすまねェ。でも、体力には自信がある。何度も死にそうになったけど、今もこうして元気だしよ!」 「そうだそうだ!サンジがこんな花なんかに負けるわけねェ!だいじょぉーぶ!」 にかっと笑った船長が、サンジの肩に力強く腕を乗せて、ぐっと肩を組んだ。ルフィが言うと本当に大丈夫な気がするとクルーはみな笑って、それぞれ自分にできることを始めるために動き出した。 ウソップとチョッパーに笑い掛けるサンジを静かに見つめてから、ゾロは目を閉じた。 サンジはこの船の食事と栄養管理を任されたエキスパートだ。体力をつけるための食事も、きっと自分で上手く作るだろうし、何が本当に必要なのかはチョッパーがいてくれれば専門的に分析できる。 知識豊富な航海士と考古学者もいるし、何かと気の利くウソップなら体調不良を隠したがるサンジの身の回りの世話を進んで買って出るだろう。 きっと――いや、絶対に大丈夫だ。 ゾロは何の不安もなく、そう思った。先ほどまでサンジに感じていた違和感も、解決の糸口が見えていたからだと思えば不自然さが薄れた。 自分の役目は、忙しいクルーの代わりにこの船を外敵から守ることだ。 床に寝かせていた刀を三本掴み上げて、ゾロは立ち上がった。 ラウンジを出ると外は冷たい空気が一層重苦しく立ち込めて、ゾロのむき出しの腕をピリピリと切り付けるように風が吹いた。 |